真紅の女海賊 めーぐる(8)〜サイドB 第六話〜

 頭がボーッとする。
 昨日は秋だというのが申し訳なくなるくらい暑い日で、「まだだ、まだ夏は終わらんよ」という風情、34℃近くあったそうだ。席が後ろのほうだったので終演後の握手会は1時間以上待ってた。お陰で時代に完全に乗り遅れた日焼けを晒すことになってしまった。父さんたちはゲラゲラ笑ってるし、学校でも奇異の目で見られる。聞かれたらプールに行ったことにしている。
 ただボーッとしてるのはそれだけのせいでもない。実際彼女と握手した時の情景が殆ど思い出せないのだ。村上さんと握手した時までは何とか頭にこびりついてるのだが、えりかさんの顔を見た瞬間から情景が白濁してどうしても出てこない。逆行催眠をかけてもらおうかと半ば本気で思いつつ、朝から反芻し続けている。ボーッとしてると言われても反論できなかったりする。
 「ちょっとアンタ聞いてるの!?」
はっと気がつくと視界の殆どを足の裏が占領していた。ボゴンと鈍い音がして、鼻に鋭い痛みを感じたとたん視界が暗くなる。
 「テラヤマ君!ちょっとやりすぎよ、メグ!」
というエリカさんの悲鳴を聞きながら同時に昨日のことが脳内で再び再生し始める、もう何回目だろうか…

 …ウリャヲイ、ウリャヲイ!という奇妙な掛け声がメンバーの歌とともに聴覚を占領する。
 もう何度も再生してる情景なのに新鮮さは変わらない、初めて生で見るメンバーたちの姿。たとえ小さくても目の前で動いてるのには相違ないわけで、いつも画面の向こう側にいる人たちが自分と同じフィールドに立っているという事実が不思議でしょうがなかった。しばし見蕩れる。
 曲は「大きな愛でもてなして」に入っていた。両腕で大きな輪っかをつくり、パンと手を鳴らしてから脇を締める動きを繰り返す。両腕で輪を作った後Yの字に手を伸ばす。この両者が「大きな愛でもてなして」のフリの基本なのだが、メンバーがやるとあれだけカワイイのにこちら側の人間がやると物凄く滑稽に見える。おまけに物凄く恥ずかしいのだが、何度も繰り返すと結構面白い。ランナーズ・ハイということなのかもしれない。折からの炎天も相まってこの頃から既に酔っていたのかも知れないな。
 その後、寸劇やコントあり、歌ありで大笑いしたり、見蕩れたりしているうちにあっという間に時間は過ぎた。えりかさんのことは勿論「℃-ute」というユニットのことがますます好きになった。10月25日にアルバムが発売されるそうだが、間違いなく買う。2カ月がかりで何とかなるだろう。たとえ握手が無くても来て良かったと思うだろう。メチャクチャ楽しかった。村上さんが弄られてキレ芸を見せているのも新鮮だった。
 握手会の前に取材の写真撮影があり、カラフルなTシャツを着たメンバーが8人でポーズをとっている。案内の人から「梅田はもう少し腰を落としなさい!」と注意を受けている。えりかさんは黄緑色のシャツを着ていた。しまった、買ったのは紺色だった。写真は緑色なのでま、いっか。
 最初は楽しく見ていたのだが、ジリジリと照りつける残暑の太陽光線の威力に流石に辟易としてきた。ペットボトルのポカリスエットは既に温くなっており飲むと逆に具合が悪くなりそうだった。
 それでも3300人もの人たちと握手をするメンバーたちはもっと大変なのではないか。案内の人はキツイとは言わず目が回りそうになると別のエピソードを紹介してくれたが、自分がその立場になることを考えたら生半可なことでは出来ないというのは容易に分かる。何度も休憩を取りながら握手を続けるメンバーを見ると自分がこの場にいることさえ申し訳なく思え、胸が締め付けられた。彼女達への言葉にはなによりも感謝の意を込めたいな。
 自分の番が近づいてきた。途中で有原さんが気分が悪くなったそうで一時退場していたが、直前で戻ってきてくれた。ますます申し訳なく思うのと、緊張感で胃がひっくり返りそうで思わず逃げることを考えてしまった。それでも実際目の当たりにすると肝が据わるようで彼女達の目を見ながら感謝の言葉を伝えることが出来た。いい調子だ。
 いよいよ自分では最大の出来事であるえりかさんとの握手になった。背は自分より高い。そのことに軽く狼狽しながら正対する。肌がキラキラと光っている。あぁやっぱ化粧するんだなぁ、顔は思ったよりというかこの世とも思えないくらい小さいなぁ、そして実物の方が何倍もきれいだなぁと頭の中を言葉がよぎると同時に霞がかかる…嗚呼やっぱり思い出せないんだな。