白いTOKYOは夜の七時〜法の番人編

 メリークルシミマス


☆☆☆☆★ ☆


息が白い。
7時にこの公園を指定したのはあいつなのに、まだ来ない。
もう15分の遅刻だ。
普段ならこのくらいで苛立ったりしないが、今日は特別寒い。
凍えてしまいそうである。


さっきから携帯にちらちらと目をやっていたのだが、20分近くになってやっと俺をこんなに待たせた張本人がやってきた。


「お ま た せ !」


俺はこんなにも寒い思いをして待っていたというのに、桃子は悪びれることなく笑顔で走ってきやがる。
「おそーい。20分だぜ、20分!」
「ごめんごめん。はい、クリスマスプレゼント」
 メリークリスマス!
と言ってプレゼントを渡す桃子の笑顔に思わず見とれる。


いかんいかん。
雪が降りそうなくらい凍える寒空の下に20分放置されるのはどうにも許しがたい。
「プ、プレゼントじゃあもう騙されないぞ。何だっていつも桃子は微妙に遅刻して来るんだよ?」
日頃の恨みか思わず文句が口をついて出るが、桃子は堪えた様子もない。
かえって
嗣永憲法510条。デートの時は男の子が待つ♪」
と得意そうに言う始末。
「……」
俺には返す言葉がなかった。


嗣永憲法というのはその名のとおり桃子が勝手に作った決まりごとを大袈裟に呼んでいるだけである。
例えば


1条 テストの点は聞くな
2条 緑茶は「みどり茶」と読め
3条 「『大盛り』の反対は『小盛り』!」
17条 切符は4桁の数字が書いてある方に穴を空けるな
63条 砂糖と塩を、ちゃんと確認してから料理すること
91条 はみがき中は、しゃべらない


などなど。当然のことながら強制力は全くないのでつきあう必要はないのだが、
つきあっている俺は何かにつけ振り回されている。
毎朝登校中に嗣永憲法を暗唱させられるのだ。
間違うとチェリオを一本おごらされる。
毎日の生活費を500円で送っている俺にとってかなりの痛手。
そうこうして自然と桃子のペースに巻き込まれるのだ。


「まぁ、いいや。プレゼントも渡したし、帰るぞ」
「もうちょっといようよぉ、星をみるとか」
「あいにく全然見えないんですが」
その時ほっぺたに冷たいものが当たった。


「あ〜雪だぁ」
「降っちまったか。さ、かえろかえろ」
「どうしてそんなこと言うの? ロマンチックじゃない。嗣永憲法723条。クリスマスはホワイトが望ましい」
「ばーか。雪なんて滅多に降るもんじゃないし、風邪ひいたらどうするんだよ。もう帰りましょうぜお嬢さん」
桃子はぷーっと頬を膨らませたが
「しかたないわねぇ。でも門限あるしかえろっか」
と言って、俺の腕にしがみついてきた。


「あ〜あったか〜い」
「お、おい。恥ずかしいだろうが」
「だ〜め。嗣永憲法910条、う〜ん語呂が良くないな。嗣永憲法1224条。クリスマスは腕を組んで歩く♪」
まずい、知らない間に3条も増えてる。


桃子の家につくと、雪は少し激しくなっていた。
まっすぐ家に帰ってきて良かった。
桃子はいったん家に入り、傘を持って出てきてくれた。


「今日はありがと。またね」
「ちょっと待て」
実は俺にも今日に期するものがあった。


それはファーストキスだ。


ここまで桃子に振り回されて機会がなかったが、別れ際にキスを交わすのは絶好の好機じゃないか。


「桃子…」
傘を持っている桃子の肩に手を置き、顔を近づける。
しかし
「だ〜め」
と桃子の小指が俺の唇の前進を阻んだ。


「ど、どうして?」
拒否されると思っていなかった俺はショックで動揺する。
桃子は申し訳なさそうに上目遣いで
「ごめんね。ホントは許してもいいと思ったんだけど、今日ね行く前に…カレーの味見をしちゃったの」
「はぁ?」
「しみちゃんがね、今日どうしてもおいしいカレーを作りたいと言うから断りきれなくて…」
「……」
俺には意味が分からなかった。清水にカレーを作ってやる事と俺とのキスに何の関係があるのか?
「だから、カレーと何の関係があるんだよ」
嗣永憲法1444条。ファーストキッスは桃の味」
い、いしよし


桃子はペロッと舌を出し
「カレー味のファーストキスなんて桃はイヤだからね!」
と言って、家の中に入っていった。
俺は崩れ落ちそうになりながらも今度から毎日桃ガムを食い続けることを心に誓った。