白いTOKYOは夜の七時〜公園のベンチ編

 メリークルシミマス


☆★☆☆☆ ☆


館内にトロイメライが流れ始め「閉館10分前です」というアナウンスがあった。
「かえろっか?」と梅田さんが言う。
僕は頷き、帰り支度を始める。


図書館を出たとたんに冷たい風が吹きつけてきた。
あまりの寒さに思わず顔をしかめる。
くしゅん、という小さなくしゃみの音が聞こえた。
音のした方を見ると梅田さんが鼻を擦りながら照れくさそうに笑っている。
「雪、降りそうだね」


僕は近くの自販機まで行き、ポケットをごそごそと探って500円玉を取り出す。
ココアを買い、梅田さんの方を見て
「梅田さんは、何?」
梅田さんは僕の意図していることが分からなかったようで首を傾げた。


「何かあったかいの、買ったら?」
「いいの?」
「風邪ひくよ」
「ありがとう」
梅田さんもココアのボタンを押して、出てきたココアの缶を手に取り頬にあて「あったか〜い」とつぶやく。


ふと、つり銭を出すのを忘れていたのに気づいて手を伸ばすと、
梅田さんも同じタイミングでそれに気づいたようで、つり銭口のところで手が重なった。
「あっ、ごめん」
僕がそう言うと梅田さんは手を引っ込めた。
僕よりもずっと冷たい手だった。


梅田さんは僕の方をちらりと見てから公園のベンチの前まで歩いていった。
こちらを向いて手招きする。
「ここ、座らない?」
僕は梅田さんの待つベンチまで歩き、隣に座った。


空を見上げると雲が大分厚くなっていた。
梅田さんの言うとおり雪になりそうだ。


梅田さんがプルトップを指に引っ掛けて引き起こすと何とも言えない音がした。
口からゆらゆらと湯気がたっている。
見るからに温かそうで、きっと飲んだら温まるんだろうなと思った。
もうちょっとだけ手を温めようかと思ったが、
梅田さんが一口飲んで「あったか〜い」と微笑むのを見て我慢できなくなった。
プルトップに指をひっかける。


「あ、ココアのお金」
バッグから財布を取り出そうとするのを慌てて制する。
「いいよ。僕のおごりだから」
「でも…悪いよ」
「いやいや、梅田さんは新学期のテスト頑張ってくれればいいから」
「…ありがとう」
ココアを一口すするといつもより甘いような気がした。


「でも、自信ないなぁ。今度のテスト」
「大丈夫だよ、まだ時間があるし」
そういって元気づけるものの、実は僕にも自信がない。


期末テストの数学が壊滅的だった梅田さんが僕を指名してきたのは終業式のことだった。
冬休み中に何とか今までのところを効率よく復習したいということらしい。
時々「ご飯食べない?」と誘われていたせいか僕は大して疑問に思うことなくその依頼を受けた。
昨日から始めた勉強は思った通りにはかどらなかった。


「あ〜あ、テンション下がっちゃうなぁ、二次方程式なんて」
「……」
どうも因数分解、解の公式といった難しそうな単語を必要以上に恐れていて、問題を解く前に諦めているようなところがある。
テンションを上げるには話は自然と脱線せざるを得ない。
食べ物は何が好きか? 趣味は? 好みのお笑い芸人は? ここ二日はそういうことばかりだ。
でも僕も梅田さんと話しをするのは嬉しかったから、彼女にだけ責任があるとはいえないんだけど。


風はますます激しさを増してきていた。
缶の中のココアはまだ半分以上残っていたが、手を温めるには役立たずになっていた。
さっきの彼女の手の冷たさを考えると、ここは帰るか、せめてもう一杯買ってきたほうがいい。
立ち上がってさっきの自動販売機に行こうとするとキュッと右手をつかまれた。
梅田さんは僕の右手を見ている。


「さっきも思ったんだけど手ぇ、冷たいよね」
「そ、そうかな。梅田さんの方こそ冷たいよ。もう一杯温かい物を」
と言うと、梅田さんは僕を見上げて
「心が温かい人は手は冷たくなるんだって」
「へぇ、誰から聞いたの?」
佐紀ちゃん
「ふむ、じゃあ梅田さんも心が温かいんだ」
「にひひ」
と言って笑う。


「良かった。役に立ちそうかな?」
梅田さんはそう言ってバックの中から包みを取り出し、はにかむように微笑んだ。

メリークリスマス! 手袋、手編みなんだけど良かったら使ってください♪