白いTOKYOは夜の七時〜夜の格闘技編(前編)

 長い長い番外編


★☆☆☆☆ ☆


「あーもしもし? えっ、パフュームのライブチケットマジで手に入ったの!? 行きます行きます。じゃあ代々木で」
ピッ。


「おぉーもう5時じゃないですか! じゃあ、お先に失礼しまっす」
「あ、コンドルさん、原稿は?」
慌てて呼び止めるもののコンドルさんは心配ないと指をワイパーのように振って
「心配ない。こういうこともあろうかと思って『彼女』に頼んでおいた。じゃあな、待ってろよパフュームちゃーんんん!」
「え゛っ…」
今、何て? 「彼女」って言わなかった? 言わなかったあぁ!?


「あっ、忘れてた。スーパーニュースの録画、頼むな♪」
と言い残しコンドルさんはドアの向こうに消えた。


バタン。
私は閉まったドアをちょっと恨めしく見つめたあとヘン集長に向かって


「いいんですか?」
と聞いてみる。
椅子でイナバウアーをカマしながら鼻毛を抜いていたヘン集長は
「まぁ、いいんじゃね」
と言って笑った。
何か言い返そうとしたその時、


 お前も美勇伝にしてやろうかッ!


メールの到着を知らせる BGM が鳴る。
「彼女」からのメールだった。
私はふぅと、ため息をついて添付ファイルを2部プリントアウトし、1部をヘン集長のところへ持っていった。


*
ここは「Beutiful Pears」という名の雑誌の編集部…
元々は「二十二世紀梨プロモーション委員会」なる組織の手によって創刊されたPR誌だったそうだ。
しかし私が編集兼経理という立場で入ったころには「梨」の名がつくモノをフューチャーする雑誌に変わっていた。
今ではさらに「梅」や「桃」やらかまびすしい事この上ない。


いっそ「フルーツ(笑)」と改名したらどうかといささか皮肉交じりに進言してみたのだが
「別に名前はどうだっていいんじゃね、面白ければ。エンタの神様と同じもんだよ」
とヘン集長は説得力があるようで全くないことを言った。
改名するつもりはない様だった。


面白ければいいんじゃね?


誤解なきよう申し添えておきたいのだが、これは読者様が面白ければいいということではない。
自分たちが面白ければそれで良いのだ。
それがこの小さな雑誌の、ヘン集長とコンドルさんの唯一といっていいポリシーだった。


コンドルさんはここの看板ライターだ。
もちろん看板倒れという意味での看板。
当然ニックネームである。
本名は「近藤瑠梨彦」という。
豪華なのか恥ずかしいのか判断に困る名前だ。
本人もそういう自覚があるようで本名で呼ぶとクネクネしだすので誰も呼ばなくなったという次第。


一応この雑誌の重要人物のはずなのだが、本人にその自覚は薄い。
たまに面白いものを書くのだがその確率はピッチャーの打率より低い。
4時53分からのスーパーニュースを録画しては「俺のちゅばさあああ」と叫ぶのが関の山。
首にした方がいいと思うのだが、ヘン集長とコンドルさんも奇妙な縁で結ばれていて離れ難いらしい。


それをいいことにしょっちゅういなくなるもんだから記事に穴があく事態が発生する。
まぁ世間の大半には無視され、残りの殆どには忘れ去られているような雑誌だが、
「二十二世紀梨プロモーション委員会」は未だにスポンサーだし、
最近は「北高梅上げ上げ組合」という団体がどういう酔狂かお金を出してくれるようになった。
そうなるといくらダメダメ雑誌とはいえ体裁を整えなければならない。


そこで埋め草として登場してくるのが「彼女」だった。


*
あなたにくびったけ


…私はゾクゾクこみ上げてくる悪寒に耐えながらプリントアウトした原稿を置いた。
何を考えてるんだヤツは?


「ヘン集長、どう思われます? これ」
「んーいいんじゃね? ロマンチックだし」
「ロマンチックって…」
私は絶句した。
言うに事欠いてロマンチック!!!
テンション下がるわぁ。


「まぁこれでクリスマスからの話にも一応ケリがつくし」
「えっ? この前メールが来た時は6編だって」
「あれ、見てないの? これ」
と言ってヘン集長はパソコンのディスプレイを指差した。


 ごめんなさ〜い★☆
 ホントは6編書くつもりだったんですけどぉ
 話せば長い複雑な事情があって((汗
 「センチメンタル南あきな編」はボツにしましたぁ(・o・)/
 あしからずV(^0^)


あぁ! なんだろうこのモヤモヤとした気分は。


「まぁ元々埋め草みたいなもんだしこれでいいんじゃね」
「でも…どこからか抗議がくるんじゃ…」
「来たっけ?」
「…いえ、ひとつも」
そうなのだ。


この前も4編ほど立て続けに載せてみたが抗議の一つも来なかった。笑ってしまうくらいに。
もっとも、お褒めの言葉も皆無だったから読まれてないのか面白くないのかは分からない。
まぁ面白くなかったところで、本人たちや「彼女」が面白いと思ってるのだから言っても無駄だ。


「それにさぁ、結構面白いぜ。ほらほらこの下り。『頭の中ほとんど彼氏』と『頭の中ほとんどカレー臭』を掛けてるんだぜ」
「……」
「ついでに言うと俺は加齢臭。わはははは」
と言ってヘン臭、もといヘン集長はいすをクルクル回転させながら笑い転げた。


ああ…なんだろうこのこみ上げてくる怒りは。
大事なものを踏みにじられた気がして無意識のうちに私はこぶしを握り締めてしまった。


「とまぁ、明日まで時間はあるし今日は帰りなよ」
「へえっ?」
突然正気に戻ったヘン集長についていけずにヘンな声がでる。
「今日はバレンタインデー、大切な人と過ごす日だろ?」
ヘン集長はそういって下手なウインクを寄越した。


(多分続く)