アイスと笑顔とクリスマス(後編)


後付で載せるほどのものでもなかった。
書くって難しい。だから面白いんだけど。



トレイを持ったままキョロキョロしていると見回すと奥の方で岡井が手を振っているのが見えた。


「おっそ〜い」
なぜかふくれっ面の岡井。


「仕方ないだろ、凄い並んでたんだから」
「その割には栞ちゃんと仲良く話してましたけどね」
ぷいっとそっぽを向く。


「せ、先輩はたまたま会っただけで…」
「知ってる。この席に座ってたから」
あさっての方向を向いたままだ。
何が岡井の機嫌を悪くさせたのかは分からないけど、とにかく話題を変えないと…


とりあえずトレイをテーブルに置き、声をかけようと岡井の方を見ると、
ニヤニヤ笑っている岡井と目が合った。


「あ、今、焦った?焦った?」
「…ちょっと焦った」
正直に言うとバツの悪そうな表情になった。


「ごめん」
「いや、別にいいんだけど…」


…お前のそういう表情は苦手だ、ドキドキするから。


という言葉がのど元まででかかり、かろうじて飲み込む。


「それよりさ、食おうぜ」
と言うと岡井はいつもの笑顔を浮かべ、
「待ってました!」
と言って皿やスプーンをてきぱき並べた。


「「いっただきま〜す」」
嬉しそうにケーキの塊をすくい口に運ぶ。


「ん〜冷たくておいひー」
目を細めてうっとりとした表情を見せる岡井。
それを見て俺もケーキを口に運ぶ。
確かにうまい。


冬にアイスを食べるなんてどうかしてると思ったものだが、
暖房の効いた店内で冷たいものを食べるのは思ったより悪くない。


それに。
岡井の幸せそうな笑顔を見るとこっちもなけなしの小遣いを出した甲斐があるものだ。



…岡井の笑顔には不思議な力があるように思う。
見ているこっちも思わず笑顔になるような笑顔なのだ。
元気さえわいてくる。


昔から俺は岡井の笑顔が好きで、それが見たいがためにしょっちゅうバカな事を言っては笑わせていた。
面と向かって言ったことはないけど。


それが。
岡井の笑顔だけではなく、岡井の事が好きだと気づいてしまったのはいつからだろう。
おそらくはあの夏の花火大会。


手を繋いで花火を見ている二人の後ろを並んで歩きながら岡井は
「えへへ、あたし…振られちゃった」
と言って笑った。


その笑顔は鈴木のことを祝福する優しさと、思いが届かなかった哀しさが入り混じったような
今まで一度も見たことのない種類の笑顔だった。


なぜだかドキドキした。



「……君?」
「おわっ」


気がつくと岡井が俺の顔を覗き込みながら手を振っている。
思わず椅子ごと後ずさってしまった。


「どどどどうした?」
「それを聞きたいのはあたしの方なんですけど!」
「いや、その…」
岡井の事を考えていたなんて言えやしない。
ふと皿を見ると、ケーキが見覚えのない形をしていた。


「お前…食っただろう?」
「な、なにを?」
しらばっくれた顔をしていたが、皿を指差すとやがて耐え切れなくなって笑い出す。


「だってさぁ、急に動かなくなっちゃったし、溶けちゃいそうだし…勿体無いでしょ」
「まぁ…そうだな」
気を取り直して食べようとすると


「あっ…」
と岡井が小さく声をあげた。
口を開けたまま俺のスプーンを見ている。


岡井の皿は既にまっさらだった。


俺は小さく息をつき
「やるよ」
「ほんと!?うっそぴょ〜んってのはなしだよ!」
「わかったわかった。気の済むまで食ってくれ」
「わ〜い」
ニコニコ笑う姿を見るとまぁ良いかと言う気分になる。
本当にこいつの笑顔は得だ。



すごい勢いでケーキの塊を口の中に放り込む様子を眺めながら、
「そういえば…お前にアイス奢るのってあの時以来だよな…」
と何となく呟くと


「えっ…」
スプーンの動きが止まった。
しまった。


俺は素直に謝った。
「すまん、嫌な事を思い出させてしまったな」
「違うの。逆なの」


「逆?」
「うん、あのときの事を思い出してほしかったというか…」
「はぁ?」
さっぱり意味が分からない。


さっぱり要領を得ない俺とは対照的に岡井は妙に焦っている。
「えーと、何というか…そのさ、今日あたしが告白するのってどう思った?」
話が飛びまくって俺の頭も混乱し始めた。


「どうってその…まぁ上手くいけばいいとは思ったけど、何だか…」
「何だか?」
「お前らしくないなって」
「…うん」


あっけらかんとしているように見えて実はかなり岡井は気を使う。


見たところ、まだ決定的に振られていないのは確かだが、
形勢不利というか絶望的な状況で告白して今さら波風を立てるのはらしくないと思ったのだ。
ましてや相手が親友の鈴木とあっては。


そういうと岡井は何故かうれしそうに笑った。
「どうした?」
「あ。え〜と、何だっけ告白した理由ね、告白した理由」
「うん」
俺は唯一手元に残った紅茶をすすった。


「けじめなの」
「けじめ?」
「ほら、まぁ…ほんとに失恋したって決まったわけじゃないでしょ」
「まぁ…そうだけど」
でもあの時から4ヶ月。色々なことを見てきたはずだ。


俺の思いを読み取ったかのように岡井は一つ頷いて
「でもそんな宙ぶらりんな感じだと、次にいけないなって」
「次って?」
「その…好きな人に告白…」
「へっ?お前…好きなやつ…いるの?」
岡井はしばらく俺を見ていたが、やがてコクンと首を縦に振った。


ショックだった。
漫画だったら俺の横に「ガーン!!」という吹き出しがついていることだろう。



実はクリスマスのこの日、俺も岡井に告白しようと思っていた。
4ヶ月もあれば失恋のショックを癒せると思っていたのだ。


だから岡井からこの日に告白すると聞かされたときは出鼻をくじかれたように思えて面白くなかったし、
何を今さらとも考えた。


でも万が一上手くいって岡井が笑顔であればそれでもいいとも考えた。
陰のある笑顔はドキドキするけどやっぱり岡井には明るい笑顔でいて欲しい。
俺にはできなくても。


と分かったようなことを考えていたが、「新キャラ」がいたのはショックだった。
言い訳ばっかりしていて要は勇気が無かっただけなのだ。
自分のヘタレさ加減に泣きそうになった。


「で、今度は誰なんだよ」
と半ばふてくされて尋ねると、岡井ははにかむ様に笑った。


ちくしょう、誰だ。
岡井にこんな笑顔をさせるやつは。
凄くかわいいじゃないか。


「えっとね」
「はいはい」
涙が出そうになるのをごまかすためにカップを手に取る


「あたしにアイスをおごってくれた人」


口元でカップを持つ手が止まる。
口に含んでいたらブフォーっと盛大に吹いていただろう。


「えっと…あの」
カップをテーブルに置く。コトンという音がやけに大きく響く。
俺は岡井の笑顔にむかって
「…俺…なのか?」
と確かめるように問いかけると岡井は風が吹きそうなくらい。


「うん…」


と頷いた。
満面の笑顔で。


「……」
頭のなかで何か色々な言葉が渦巻いていて、何も言えない。
大きく頭を振って息をつく。
息の仕方まで忘れてしまっていたようだ。


自分では落ち着いたつもりだったが、口から出てきたのは
「何で…俺?」
というこの場では一番といっていいほどカッチョ悪いセリフだった。


岡井はそんなセリフにもキチンと考え込み、
やがて


「空気とか水ってさ、普通はありがたみに気づかないよね。それがなきゃ生きていけないのに」
「うん」
「それと同じでね。普通のときは気づかないけど、辛いときや、そばにいてほしい時にいつもそこにいるっていうか…」
「……」
「不思議なんだけどあの時食べたアイス…すごくあったかくて今までで一番美味しかったです」
と言い終えた岡井の顔は笑ってないのに見たことも無いくらい可愛かった。


でも。
大きな安堵のなかにちょっとの不安が垣間見えるのはなぜなんだろう。
と考えたところで重要なことに気づく。
俺の気持ちはまだ伝えていないんだった。


当たり前すぎて気づかないことってある。


千聖さぁ」
俺は久しぶりに下の名前で呼んだ。


「うん」
「お前、ずるいよ」
「えっ?」
「ホントずるいよな…俺の方から告白しようと思ってたのに」
というとおか…千聖はとびっきりの笑顔を見せた。


「えへへ。これがホントの千聖(せんせい)こうげき」


白旗。


(おしまい)