真紅の女海賊 めーぐる(6)〜サイドB 第参話〜

 9月に入りうだる様な暑さも鳴りを潜め、夜はどこか肌寒い。しかし今日の夜は湿気が高いせいか妙に蒸し暑かった。空には霞がかった月が出ており、名前は分からないが秋の虫たちが声を競う中、汗で背中を張り付かせながら家路を急ぐ。
 「ただいま〜」
と玄関で声を出しながら靴を脱ぐ。茶の間から喋り声が聞こえる。父さん今日は比較的早いな。
 「そうそう一昨日の宮様誕生の時、あの高橋名人がインタビューされたんだってさ。偶然にしても仕込みにしても凄いだろ?」
 「え?高橋名人?あの16連打のアゴのしゃくれた人でしょ?確かに変だわよね。」
 「16連射。今スキンヘッドらしいから目立ったのかも知れんな。世の中って面白いことっていっぱいあるよなぁ…おぅ、おかえり」
 「ただいま、父さん。今日は早かったんだね。」
 「といってももう8時なんだけどな。さっきオレも帰ってきたところで、ここでメシはまだか〜って油を売ってるのだ。」
 「クダを巻くだろ?」
 「まぁそうとも言う。はやく着替えてきな。」
 「うん。母さんもただいま」
 「おかえり〜もうすぐご飯よ。」
と台所から聞こえてくる声を背中越しに聞きながら階段を上る…。
 この家に来てもうすぐ2年。
 僕は母の連れ子だ。実の父は2歳の頃、病気で亡くなった。その後は母の実家の九州で過ごしたのだが、再婚を機に東京の今の父の家に越してきた。といっても父もここで独り暮らしをしていたわけではなく、別のアパートで暮らしでここは所謂物置だったらしい。初めて来た時、茶の間が本で埋まっていたのにはビックリした。大半は漫画だったのだけれど。我ながらすごいなぁと間抜けな声を出す父に母が容赦なくカミナリを落とし、尻をひっぱたく勢いで掃除というか場所の移動をさせていたのを今でも思い出す。お陰で茶の間を占領してた本の一部は今は僕の部屋にある。今回の騒動の発端の粗末な紙束はここから発掘された。
 …結局エリカさんの言ってた紙束は部室には無かった。ゴミとして捨てられたか誰かが持って行ったらしい。申し訳なさそうに涙ぐむエリカさんを宥めながら、ムラカミは「家でシュージさんに聞いてみたら?」と至極真っ当な提案をしてきた。思ったことを告げると踵落としを御見舞いされた。パンツも見えなかったし喰らい損だった。
 テーブルにつきながら声をかけようとすると、逆に紙袋を差し出された。
 「なにこれ?」
 「ほら…お前に頼まれてたDVD。」
 「あれはアマゾンに頼んだって…」
 「やー、予約したから届くって思ってたんだけどさぁ、予約順に発送してたら品薄になったみたいでよ。明日までに届かない雰囲気だったんで今日慌てて買ってきた。明後日の握手会…行きたいんだったろ?」
 開けると ℃-ute のデビューDVD「ミュージックV特集1~キューティービジュアル~」が入ってた。

ミュージックV特集1~キューティービジュアル~ [DVD]

ミュージックV特集1~キューティービジュアル~ [DVD]

 「まぁ安かったからアマゾンにしたんだが、届かないもんはしょうがないもんな。差額は父さんの読み違いってことで請求はしない、気にするな。」
 「もー、また衝動買いしたんじゃないでしょうね?」
 衝動買いは父さんの得意技だ。母さんの得意技だったりもする。
 「いや、今回はミツオとの約束だ。そうそうドヤされるわけにはいかんからなぁ。」
 中2というのはまだまだ買いたいものを自由に買える年ではない。月の小遣いと臨時収入、おねだりとかで何とかするのが普通である。勿論お金持ちなら話は違うのだろうが生憎ウチはそうではない。日頃は何かと甘い父さんもここのところは母さんの方針に賛成で「俺も小さい頃は貯めた小遣いでブーメランを買った。それがいいのだ」と訳の分からないことを言っていた。
 小遣いは月3000円。多いのか少ないのか分からないが隣のクラスのアリハラより安いのはまぁ確実だろう。ただ電話代は別だし、本も文庫本ならちゃんと言えば買ってくれる。特に苦労しているという感覚は無い。今回も2カ月がかりで何とかなった。これでコンサートとか行くようになれば大変なんだろうなぁ。
 「やー、何だかんだいって結構恥ずかしかったなぁ。父さんの年ぐらいでも好きな人は好きなんだろうが、やっぱり恥ずかしかったので抱き合わせで Perfume のコンプリートベストを買っちまった。なはははは。」
 ぼごん。
 「そ〜れ〜を〜衝動買いというんではないですか?ドゥーユーアンダスタン?」
 「しまったぁ、余計な事をしゃべっちまったぁ。」
 「バッカじゃないの?あとで聞かせなさいよ。」
 「あい。」
 最近思うのだが母さんも似た物同士な気がしないでもない。
 「じゃあ飯の間見てみようぜ。ミツオの惚れた人ってやつを。ところでそれはなんと読むのだ?ど、ど、どうて。」
 ぼんご。
 「痛いよぅ。」
 こうして家族揃っての鑑賞会兼夕飯が始まった。


(続く)
バトンなので欲しい方に差し上げます。