とか言って 純情


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 「あの場所に集合」という電話がかかってきたのは夕方だった。用件だけで切れる電話。らしいといえばらしい。あの場所に行くのは一年ぶりだ。もう一年?まだ一年?あたしには分からない。分かっているのはあれからみんなあの場所に行かなくなったということだけだ。あんなに遊んだりおしゃべりをした場所なのに何でこうなっちゃったんだろう。どうして今なんだろう。ふとあるものが目に入った。あの場所で拾った野球のボールだ。男子の姿を思い出しながらキャッチボールをしたっけ。ボールを投げるまいみちゃんは男子よりカッコよかったし、まいみちゃんのように投げられなかったあたしたちはくやしかった。めぐみちゃんは地団駄をふんでいたっけ。


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 泣き虫だった私が泣かなくなったのはあの日から。正確には泣けなくなった。泣いてなかったのはまいみと私だけだった。まいみは我慢していたんだと思う。私はいつものように泣こうとしていた。その時おなかがぐぅと鳴った。こういう時にお腹がすいてしまう自分の体が恥ずかしくて、おかしくて、哀しかった。時が止まったんだと思う。悲しくても泣けなくなり、かわりに笑うようになった。みんなは強くなったねとほめてくれるけど、ホントはそんなんじゃない。鏡を見ることが多くなった。鏡の中の私は笑顔だけど、ホントはそんなんじゃないんだ。


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 会わなくなってもう一年になるけど実感が全くなかった。私の中で毎日せいくらべをしていたからかもしれない。今度会った時はぜったい私のほうが高いんだかんね、と思いながら一年経ってしまった、そんな感じ。願いがかなうのはいつなんだろうなぁ。ビルの向こうに沈むキレイな夕陽を見ながら思いっきり息を吸い込むとかすかにキンモクセイの匂いがした。はて?めぐみちゃんの匂いってどんな匂いだったっけ?えりかちゃんとあいりの後姿が見える。私は驚かそうと思いながら助走をつけてジャンプした。あ゛っ水たまり!


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 えりかちゃんと歩いてる私の後ろで「パシャッ」と水の跳ねる音がして飛びのいた。小さな水たまりの上でかんなが「えへへ」と笑っている。かんなのバカっぽい笑顔を見ると私も「けけけ」。何も言えなくなってしまう。不思議だ。かんなとの付き合いは一年ちょっとなのに思い出の中にはいつもかんなの笑顔がある。みんなの笑顔もそう。これからもみんなでずっと、のはずだった。でもそれは幻にすぎなかった。信じて裏切られるくらいなら最初から信じない方が「ずっと」いい。あの日以来、私は「ずっと」という言葉をそういう風にしか使えなくなっていた。そういう自分がたまらなくイヤだ。ホントは…


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 一年たってもここからの風景は変わらない。海の向こうに高いビルがたくさん並んでいる。夕陽がとてもキレイだ。めぐみちゃんはいつもこの場所でわたしのことを子どもあつかいしてからかった。自分だってすぐにムキになったり、我慢できずにチョコレートをバカバカ食べて、それでいて肌荒れを気にするくせに。でも何だろう。わたしのことをちゃんと子供扱いしてくれて結構うれしかった。まいみちゃんは早く大人になりたいみたいだけど、わたしはまだ子供でいたい。みんなと色々お話したり、遊んでいたい。久しぶりにみんなでこの場所に集まってわたしはちょっとワクワクしている。


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 どうしてこの場所にみんなを呼んだのか?特に理由はない。強いて言うなら夕陽がすごくキレイだったから。一日の終わりにみんなで、この場所で何百回と見た夕陽。八人だと何千回という数字になる。何だかすごい。めぐみもどこかでこの夕陽を見てるのだろうか。鼻の奥がちょっとツンとした。ポン、ポンと何かが跳ねる音が聞こえる。ちさとが夕陽を見ながらボールをついていた。めぐと三人でよくキャッチボールをしていた。あのボール。えりはすごいとほめてくれて、さきはみかんを美味しそうに食べている。あいりはかんなとおしゃべりに夢中で、まいはちさとの前でボールを捕ろうと邪魔をする。オレンジ色の思い出。不意にめぐとキャッチボールがしたくなった。特に理由はない。強いて言うならめぐに伝えたかった。「めぐがいなくなって寂しくて落ち込むこともあるけど、私たちは元気です。」これまでも、そしてこれからも。同じ空の下のどこかにいるめぐに届くように私はボールを思いっきり投げた。めぐの言葉が頭に浮かんだ。


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 ボールは夕陽に吸い込まれるように消えていった。まいみちゃんの後姿はあの時と違って力強かった。「一緒に…組む?」まいみちゃんが向こうをむいたままつぶやく。あの日よりずっと前にめぐみちゃんが言っていた言葉。私たちにとっては誓いの言葉。まいみちゃんが投げたボールをめぐみちゃんが投げ返してくれた言葉。私は思わず「うん!うん!」と何度も頷いていた。頷いてないと涙が出てきそうだった。嬉しいのに不思議だ。ちさとはちょっと呆気に取られてたけどいつもの笑顔で「うん!」。まいはちさとと顔を見合わせて「へへへへへ」。かんなは「あ〜あ、愛しいあのひと、おひるごはんなにたべたんだろう」とつぶやく。ぐぅと誰かのお腹が鳴った。「ちょっとあいり!せっかくいいところなのにぃ!」えりかちゃんは爆笑しながら泣いていた。「違うよぉ。ずっと我慢してるけど」あいりも泣きながら笑っている。「ごめん、私」まいみちゃんだった。向こうを向いたまま手を合わせている。みんなの笑い声が響き渡る。


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 それからしばらくみんなで横一列になって夕陽を見てました。懐かしくって、くすぐったくて涙をこらえるのに必死でした。



おしまい


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